【WEBライター】「だからネットの世界は…」という世の大人が嫌い!ライターとインターネットの魅力とは?

ゆず(@yuzuiro_com)です。

WEBライター飯をし始めて半年が経ちました。

情報をWEBに載せるようになってから15年が経とうとしています。

今回は”WEBは人間関係に悪影響なのか”について書いております。

誌面ではなく、WEBライターという仕事を選んだ理由についても、見てってください。




私がWEBライター(編集者)を選んだ理由

よく誌面でのライターをなぜ選ばなかったのかと聞かれる。

確かに、WEBと聞けば誰でもライターになれる気がする。

”WEB”と聞くと、何事も夢がある。

「ネットで簡単に稼げる」とか「ネットは、まだ伸び代がある」だとか。なぜか、ネットと現実を斬り離そうとする一面があると思う。

確かに、ライター業務はピンキリである。数百円の報酬のライターなんてものは小学生レベルでもできると思う。

しかし、私に払われる報酬を企業様は”ギャラ”と呼ぶ。お小遣いではない。

そのギャラの価格からいえば、誰にでもなる資格はあるけれど、誰しもが手に取れるようなものでもないと思う。

調べれば「ライターでとても生活できない」と話す人もいる。そういう人から聞けば、私の仕事は片手間程度の仕事と評価されると思う。

しかし、誰でもその額かといえば、本人の実力が結果のところだと思う。

インターネットは、決して夢見心地ではいられない。現在は、まさにリアルな自分との戦いである。

窓口が広いからこそ、多くのスキルが求められるであろう。

私がライターとして、WEBでの編集業務を選んだのには理由がある。

WEBライターを選んだ理由
  1. 多くの人の目に止まること
  2. 無料で読める
  3. WEBだけどエビデンスがしっかりしていること(少なくとも私が寄稿する媒体は。)
  4. 多くの世代に読んでもらえること
  5. 読者の読みたいときに読みやすいこと

これをひとつずつ、説明していきたいと思う。

多くの人に目に止まること

多くの人の目に止まる。WEBとは、リアルの世界で言うコンビニみたいである。

読みたいとき調べたいときに、すぐさま聞くことができるツールである。

このWEBを利用しない人を探すことの方が、現代ではよほど難しいと思う。

最近では60歳以上の高齢者だって、スマホを片手に調べ物をする。

そんな世の中でWEBというのは、文章を発信する立場にとってはこれ以上ないフィールドだと思う。

当然だが伝えたいことがあるから、私はこういったところに文章を書く。

私だけの覚え書きであれば、そんなものはメモにでも書いておけばいいと思う。

しかし、発信者であるライターの面白いことは、すべての体験が誰かの”知りたい”に直結していることだろう。

そして、届けたい誰か知りたがっている誰かに発信するためにはWEBというのは手っ取り早い。

さらには、その発信するところを手軽に変えることができるのもいいところだと思う。

女性向けの雑誌でライターをしていれば、男性にその声が届くことは少ないだろう。

WEBであれば、文章を届けたい誰かは定まっているものの、その人を探すことを様々なところから行うことができる。

無料で読める

多くの雑誌や本にいたっては、無料で読めるとしたらお試しで数ページか、書店での立ち読みである。

それは、その人の記憶に残るとは到底思えない。

特に私が伝えたいことは、その人の悩みにも直結するからこそ、しっかり読んで欲しいと思う。

WEBの媒体でコラムを書くということは、私には仕事として報酬が支払われるが読む人には無料で提供することができる。

双方にこれほどwin-winなことはない。

読む人もそのコラムの価値をそれほど考えずに、軽い気持ちで読むことができるだろう。

このことは私の文章を発信するやる気に繋がる。読んでもらえる方が書く側としては、やはり嬉しい。

WEBだけどエビデンスがしっかりしていること

後述するが、ネットだからいい加減な情報というのが許されない時代になってきている。

そのようないい加減な情報をWEBから排除しようという動きが高まっているため、エビデンス(根拠)がしっかりとした媒体が増えた。

特に大手の出版社もコストダウンや、より多くのユーザーを意識した運用に向けて、多くがWEBにマーケティングをうつしてきている。

企業がコンテンツを作るにあたって、会社の実績や信用にも関わることからエビデンスをしっかりしようという取り組みが広まったように思う。

このことからも、コラムをちゃんと読んでくれる読者が増えたこと。

さらには私が書くコラムには、さらに校閲者がおり”世に情報として送り出していいのか”ということが、しっかりと精査されていることになる。

つまり、誌面となんら変わりないのである。めくるのか、スワイプするのか。この違いのみといえる。

多くの世代に読んでもらえること

WEBを利用する年齢層は様々であることから、多くの世代に読んでもらうことができる。

自分が疑問に思ったこと、変わっていって欲しいなと思うこと。

辛いと感じたこと、励ますことを文章によって実にさまざまな年齢層に届けることができる。

読者の読みたいときに読みやすいこと

誌面であれば、その雑誌を持ち運ぶことでどこでも読むことができるようになる。

電車の中でも読もうと思えば、読むことができる。しかし、スマホと比べたらどうだろう。

利便性は確実に落ちてしまうことだろうと思う。

私は自分のペースで読者が、文章を読むことができるというのは強みだと感じている。

会話をすることと文章で伝えることをどう違うのかと説明するときを想像すれば余計にメリットが実感できるであろう。

多くの人が会話をしながら相手の反応を見ることになると思う。

「これを話したら傷つけないか。他に善良な伝え方はあるか。もっと要約する術はないのか。会話にかかる時間は。」

多くのことを考えながら会話をしていることにびっくりすると思うのだ。

言いたくても言えないことも出てくる。それは傷つける言葉ではなく、”これをリアルでいったらくどい”ということや”ここまでいう必要はない”という迷いである。

しかし、文章にすればその人が好きなペースで、好きなところまで読んでもらえる。

長ったらしい自分の理論をもしかして最後まで見てもらえるかもしれない。もっとも数日に及ぶかもしれないが……。

この伝えるといった手段について考えたときに、より”取り出してもらえる頻度”を重視した。

その結論はスマホや電子機器一択であり、伝える手段はワンアクションで多くの人に伝えることができるネット経由ということになる。




 

【疑問】ネット社会は人々にとって”よくないもの”なのか

少し残念に思うことがある。

「そうやって人との関わり合いがどんどん失くなる」と言われることが一番残念だと私はWEBを仕事にしている中で思う。

情報社会というだけで、あまりいいイメージを持たない人もいる。

しかし、情報の受け取り方は自由なはずだ。

それに優良なコンテンツも増えてるように思う。しかし、なぜだかインターネットは普及して数十年、未だに偏見があると感じる。

「どこか冷たい気がする」「人と顔を見て話した方がいいに決まってる」そういう意見を聞いたことが、誰しも一回はあると思う。

私は多くの出版社とのやりとりにチャットを使う。そして、ビデオ通話も使う。

私は首都圏に住んでいながらも子供がいる立場なので都内に毎週出るとなると辛い。

しかし、ビデオ通話であれば声のニュアンス、相手の表情を感知することができ情報交換が容易である。これもネットを経由していること。

もし九州に私と同じように育児やシングルマザーで悩んでる人がいたら、私はその人を見つけ話しに行くことは難しいこととなる。

どこの誰だかわからないけど、私の文章を持って元気付けられたというコメントをたまにもらう。

クライアント様から「何万PV(プレビュー)です」と言われることもある。

これほど多くの疑問を持ってる人に、一夜で伝えに行くのは不可能だと思う。

私の伝えたいことで勇気付けられた人も、解決した人もいることだろう。そこに私はやりがいを感じるのだ。

ネットが発達したから、誌面は危ういとか言われるけど、これもカラクリがある。

今までは雑誌を私たちが数百円出して買っていたと思う。

この誌面がWEBに移ることで、このスポンサーはどこになるかという話だ。

Googleが多くのネットページを支配しているというのは、多くの人が知る事実だと思う。

Googleは、上記に記したように情報収集の人々の苦労によりそい、多くの民間人に認められた功績で、ここまで事業を伸ばしていった。

それに便乗するよう、WEBページは増えたであろう。そのシステムを使って、情報は多くの人の目に止まるようになる。

さらにそのページの一部分を借りたいクライアントがいる。多くは企業などのCMをする目的だ。

それが出版社などのページに広告を出稿することで、運営できている。

今までは誌面を客が買い、スポンサーは企業から集めることができても、そのぶん紙やインク代といった経費に消えていった。

多くの人を雇う必要があったし、仕事上をかまえる必要があったオフィスを構えなくてはいけない。

オフィスに来るまでの経費、そこで使われる設備。これは企業が捻出する必要があったように思う。

しかしネットを経由すれば、多くの人の通勤コストを抑えることもできる。インクも紙も必要ない。環境にはなんて優しいことだろう。

一方で人にも優しい。今まで消費者は、数百円出して買う価値があるのかと吟味する時間もあっただろう。

さらに、その数百円は直接読者の懐から出る。しかし、私たちが伝えたいのはこの読者なのだ。

伝わってほしい読者に伝わらないまま、経営がうまくいかずに伝わってほしい読者に届く前に経営破綻なんてことも少なくはなかったと私は認識している。

読者は無料で読むことができる、さらにそのエビデンスがクリアなものとなってきた今、ネットを咎める理由が見つからない。

インターネットを通し、高齢者は買い物が楽になる。

多くの人とコミュニケーションをとることが可能になる。体力的にもすごく優しいことだ。

高齢者のドライバーが何かと問題になっている中で、システムさえ構築すればいくらだって無免許で快適な生活を届けることができる。

私たちは、様々な情報に都度お金を払っていた。今では、時間的にも経済的にもより多くの情報にコストダウンした形で手に入る。

多くの情報からより吟味する消費者がいる中で、発信元や製造者はより良いものを作ろうとする。

それに社会一丸となって取り組む。それがインターネットという世界にも思う。

多くの人が集まるインターネットという世界に、社会が集まることで一致団結できることがあると私は思う。

ネットというものは悪く使おうと思えば、使うこともできる。

しかしネットリテラシーさえ、消費者が持つことができれば、それは排除することも簡単になる。

読まなければ良い話だ。それよりもっと良いものを作るフィールドはある。しかも、これを利用することも簡単だ。




インターネットの世界は優しいと思う

私はネットの世界は、優しいと思っている。

多くの人に可能性を与えることができる。そしてみんなが平等においしいところを取れるような仕組みになっているように感じる。

その一つの仕事としてWEBライターというのは、とても素敵な仕事のように思う。

私が書いた記事が、この先も多くの人の役に立ち心を動かす可能性を信じて、これからも文章を発信したいと思う。

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ABOUTこの記事をかいた人

25歳、ゆとり世代のママはフリーライターになりました。元・フルタイムの介護職経験から介護の実情にも詳しい。離婚を経てステップファミリーへ❤︎日々の【年子育児】の様子、時間がないながらも自分も楽しみたい!と趣味も。多くの経験からあらゆる恋愛に対しての助言と働き方についての執筆を得意とするコラムニスト♪( ´▽`)

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